他者や社会との関わりの中で研究を深めていく – NEC 研究者 宮野博義

画像は宮野 博義氏(NEC データサイエンス研究所 環境理解テクノロジーグループ 研究部長)

SEEDATAでは、未来の兆しを捉え、その調査データをもとにして、クライアント企業の新規事業創出を支援している。ソリューションとして、”5年後を生きる”生活者の調査をまとめた「トライブレポート」や、未来の兆しとなる記事を収集し、独自に解釈をつけた「Futurewave」などを提供している。

新規事業を創出しようと考えた時に、支援するべきは企業の新規事業部門だけではない。事業の”ネタ”となる新しい技術を生み出す、企業の研究所もその対象だ。SEEDATAでは、「どのような技術を開発するべきか」といった上流工程から企業の新規事業創出をサポートする。

今回は、技術の事業化や部署の技術テーマの策定を支援している、NEC データサイエンス研究所 環境理解テクノロジーグループ 研究部長 宮野 博義氏にお話を伺った。

記事の前編では、宮野氏のライフストーリーと、現在リーダーをつとめる環境理解テクノロジーグループの今と未来について取り上げる。

後編では、宮野氏とSEEDATA CEO 宮井弘之の対談内容を掲載する。「研究者は技術だけではなく、そこの事業化にも向き合っていくべきなか」 両者の対話からは、企業における研究と事業の新しい関係性が見えてくる。

他者との関わりの中で、世の中の役に立つ研究をしたい

まず、宮野氏が大学時代から今に至るまで、どのような思いで、どのような研究テーマを持ちながら活動してきたのかを解き明かしていく。

宮野氏は現在、「映像からの物体認識技術」を扱う環境理解テクノロジーグループ長を務めている。物体認識によって、モノが何かがわかれば、商品の情報を検索したり、特定の物体が本物かどうか判定したりできる。現在、宮野氏は「画像認識」を研究テーマとして置いているものの、学部時代は物理工学を学び、修士からは情報系に転身したという。

修士時代には、情報系の学科に移り、従来計算機が苦手としていた幾何的なアルゴリズムを扱う計算幾何学を研究。学部から修士に移る際に研究テーマを変えた理由を次のように語る。

実験物理では1回1回の実験が大変で試行錯誤も必要なため、仮説を検証するまでに時間がかかるんです。情報系は思ったことをすぐに実行できるために仮説検証のサイクルがはやく、そのスピード感に惹かれました。

宮野氏は、大学院の博士課程に進学せずに、企業の研究所に就職する道を選ぶ。そこには「社会や他者との関わりの中で研究を進めたい」という想いがあった。

数式をいじるのは好きでしたが、世の中の役に立つことをやりたいと思ったんです。また、自分ひとりで研究するよりも、他者との関わりの中で研究を進めていきたいと思っていて。それならば、アカデミックな研究室ではなく、企業の研究所のほうが魅力的に思えたのです。

企業の研究所の中でもNECを選んだ理由を、そのフランクで明るい社風に惹かれたと、宮野氏は語る。また、NECは画像認識技術に強く、特に文字認識に強みがあるのも惹かれたポイントだ。

NECに入社後は、パターン認識研究部に所属することに。大学における研究室と企業の研究所では、どのように環境は異なるのか。

大学の研究室に比べると、企業の研究所は、研究成果を製品・ソリューション・サービスとして売る部署である事業部との密な連携が必要です。驚いたのは、短期的な成果を求められるプロジェクトに参加しつつも、先端的な研究や学会発表もきちんとこなしているところ。ついていけるか不安になった時期もありました。

そんな宮野氏が最初に所属した部署で、先輩に言われたある一言が、今でも印象に残っているという。

「研究が製品になってお客さんが喜んでくれることは嬉しい。でも、そこだけではダメだ。中長期的な視点で研究しないといけない」と教わったのです。その言葉が僕の研究へのスタンスに大きく影響を与えました。

優れた研究テーマが「強い技術」を生み出す

2007年には、アメリカはプリンストンにある北米研究所に業務研修として向かう。機械学習の権威であるウラジミール・ヴァプニク氏など世界中から様々な研究者が集まる研究所にて、機械学習の研究、後に深層学習として広く知れ渡る「畳み込みニューラルネットワーク(CNN)」に関する研究を行った。

日本に帰国してからは、NEC情報システムズ(現NECソリューションイノベータ)への出向を経て、動線など人の行動を理解する行動解析チームリーダーに。チームリーダーとして活動する中で、北米研時代での働き方と日本での働き方の変化を感じるようになった、と当時を振り返る。

北米研では、会議がなかったんです。その代わりにマネージャーが各研究員のデスクをまわって、進捗を確認する。チームの他の人たちが何をしているのかわからない反面、自分の研究に集中できる環境でした。

一方で、チームリーダーとして研究開発を導く中で難しかったのが、「働きたい」という研究者をいかに休ませるかです(笑)。研究者はついつい個別の研究に没頭しがちなのですが、彼らの気持ちを汲み取りつつ、そこをどうコントロールするかが大切でした。

宮野氏がリーダーとして研究を担当していた「群衆行動解析」は、どのような技術なのか。「強い技術」と「弱い技術」の2つのキーワードを用いながら、次のように語る。

実世界のさまざまな変化に対応させるために調整の必要な変数が多く、作り込みが必要な技術が「弱い技術」です。まだ、技術的に完成されていないんですね。例えば、映像監視の領域では、屋外だと「急な日のかげり」など予想外の変数が多くて、動かなくなることがありました。

その一方で、「強い技術」は、どんな環境にも適応できるものです。群衆行動解析は、この強い技術を目指し、実際に成功した例でした。

群衆行動解析が「強い技術」として成功した理由はどこにあるのだろうか。宮野氏は映像監視技術を例に挙げ、その成功理由を語ってくれた。当時の映像監視技術では、誰も人がいない状態で、侵入者が現れた時にアラートを鳴らすような監視だけが可能であったが、人々が往来する中での監視も行いたいというニーズがあったという。

しかし、人々が往来する環境を解析する技術の開発に必要となる混雑データそのものの取得が難しいために、結果として強い認識技術としての研究開発が遅れていた。そこで、宮野氏はあるアイデアを思いつく。

データがないなら、自分たちで作ってしまえばいいと気づいたんです。予め人物一人ひとりの映像だけを撮影しておき、それをいろいろと組み合わせることで、多様な混雑データを擬似的に作成します。このデータを学習データにすることで、実世界の様々な変化に対応させました。

開発技術が実環境でも有効であることを検証するために、最初は数人で狭い範囲の混雑環境をつくり、撮影・解析を行いました。監視ソリューションとして一度まとめた後には、そのソリューションによって新しくデータが取得でき、また研究を進められる良い循環をつくることができました。

このような新しい気づきを得るために重要なのか、研究テーマの設定だ。宮野氏は優れた研究テーマを設定する方法を次のように語ってくれた。

皆が大切と言っていることの裏側に、本当に大切な真実は隠されているんです。一人ひとりの行動を個別に解析しようとすると技術的な壁にぶつかりますが、群衆をかたまりとして捉えることで技術のブレイクスルーを起こせたり。振り返る時には「その程度のものか」と感じるんですが、いざ自分が当事者だと、なかなか思い浮かばないものなんですよね。

環境理解グループの目指すビジョン

そんな宮野氏が環境理解テクノロジーグループで現在取り組んでいることは何か。そして、どこに課題を感じているのか。

環境理解グループが取り組んでいるのは、物体認識の技術だ。様々なモノをターゲットに、その認識の精度を上げていく技術。たとえ同じ製品であっても、一つひとつの違いを見分けられれば、どのような利用条件でそれが故障するのかの原因分析や、真贋判定などにも活用できる。

マクロな視点から考えると、店舗の商品の陳列状況を記録し、どのように陳列すれば売上が上がるのかといった、マーケティングへの活用も期待されている。

宮野氏は、研究における課題のひとつを明かしてくれた。

画像認識を行う時に、素材となる画像はとても大切です。例えば、監視カメラの撮影対象は基本的には人なので、モノを撮ることの価値をどれだけ理解してもらい、学習データとなる素材を集められるかが大切になってきます。

そのような課題を踏まえた上で、最後に宮野氏は、環境理解グループの目指すビジョンについて次のように語ってくれた。

ありとあらゆるモノを管理することが、私たちが技術を通じて実現したいことです。IoTテクノロジーの発達で、様々なモノをタグやセンサを使ってセンシングできるようになりました。

しかし、そこにはタグをつけた限られたモノしか管理できないという限界があります。例えば、工場で生産する多量の部品1つ1つに対する生産過程を画像認識技術を使って緻密に監視することで、問題が発生する前に対応できるようにしたいですね。

世の中にある多種多様な物体とその環境を全て見える化し、製造や流通を始めとした社会インフラへの貢献が目標です。

記事後編のテーマは、「研究と事業の狭間」。北米研究所で機械学習について学んだ宮野氏の視点から、人工知能の研究と事業についてや、環境理解テクノロジーグループがSEEDATAとの取り組みの中で、研究と事業をどう接続したのか。SEEDATA CEO 宮井との対話を通じて、明らかにしていく。